
冬住林道の終点は三叉路であり、バラ沢林道と助常林道も終端にてそれぞれ合流する。
そこは、東北電力の高圧鉄塔「原町線」のほぼ真下でもある。
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●これは一種のタイムカプセ ル!?原町・浪江の周辺林道群
川俣・原町・浪江を軸とした広域三角地帯には、地元の方が芋煮会に来る程の美しい渓流美を備えた林道が幾つか存在する。
南相馬市(旧原町市)の野手上・高ノ倉・横川ダムを結ぶ「林道黄金の三角地帯」に走る林道群は個性的だ。
近年は道路開発と林道舗装化が進み、数は減少しつつあるものの、林道の一部が「原町森林鉄道」の軌道跡であるこの林道群には、まだまだ未確認、未踏破の林道が溢れている。
江戸時代、相馬中村藩御用達の森林は斧を入れる事を赦さず、明治期に本格的な開発が始まった。
御影石などの石材や鉄などの鉱物資源、建築材や燃料・パルプ原材としての森林資源が明治・大正・昭和初/中期の日本を支えていた、いわば産業の原点ともいえる森林地帯だ。
その開発の歴史の澱として、現在の林道群は存在するのである。
特に若葉鮮やかな早春・紅葉の絨毯が敷き詰められる晩秋・初冬には、ぜひにも走っておきたい林道だ。
尚、紹介する林道の中には廃道や山道、電力管理の道路もあるので、林道に限らず、十分安全に留意して通行して頂きたい。

東境沢、と云う事は西境沢もあるのだろうか?。
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助常林道堺沢支線(仮)。その始まりは
ゴロゴロの石と岩盤である。(Phot:0604)

素晴らしい廃れ具合の標識たちに出会う。
無論、皆さん支柱はレールである。
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東堺沢に寄り添うようにして4つの橋が存在する。
番号は無論起点から順なので、この橋は堺沢四号橋となる。
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余談ながら、腕に覚えのある方は冬にスノーアタックや多くの廃林道アタックも可能なルート群でもある。
TouringMapple2005.3版に林道表記(一部路線のみ点線表記)。
TouringMapple2008.3版に・・以下同文。


堺沢四号橋は昭和49年2月完成とある。最終的に林道が冬住林道と合流したのもこの辺だろうか?
明治41年(1908)原町森林鉄道馬場線が敷設された。
その後昭和4年(1929)に新田線が敷設される。新田線は他の原町森林鉄道の路線と違い、ある宿命を託された路線である。それは新田川水系の伐採林の輸送と増大する電力需要に対応する電源開発の為の資材搬入であった。
新田線はその為に、破格の高規格鉄道として造られるのである。
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直線は林鉄を彷彿させるが、
実際は斜度8%はあろうかという坂だ。

いい廃れ具合な標識「警笛鳴らせ」。
無論そんな交通量はないんだが。
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続いて堺沢三号橋。晩秋からの落ち葉の絨毯はこの辺が良さげだ。
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それ故に路線の大半が車道に転用されて残る事となった。これが現在の助常林道の前身とされている。
しかし正確には、尾根隣りとなる県道62号線二本松原町線の起点から新田川に抜けるルートは新造路線である。
また、落合橋から新田川・比曽川・堺川に各支線を分けている
●助常林道 堺沢支線
区間総延長:約4.6Km(全線未舗装)
概要
冬佳林道は県道川俣原町線の旧矢木沢峠に出入り口側があり、その終点はバラ沢林道と助常林道の末端にてそれぞれ合流する。

三号橋はS46.3竣工とある。
なんで3年もかかっているのだろうか?
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絶妙な経線と岩盤の黒が、
新緑や紅葉をキリリと浮かび上がらせる。
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堺沢二号橋はS字コーナーと組み合わされ、下ってくると少々走り難いな。
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堺沢二号橋は水はけが悪く、何時も路面に川が流れているので要注意だ。
その三叉路が助常林道の北側末端でもある堺沢支線の終点である。文字通り東堺沢沿いに遡る林道だ。
では、実際に走ってみよう。
当日はK12から冬住林道を経由するいつもの進入路である。
例の三叉路からは急速な下りのつづら折れで林道が始まる。三叉路から遠く望めた新田川の辺りの風景はたちまち雑木林に隠れて見えなくなる。
他の支線、というより最早この原町地区の十八番とも言うべき岩塊を垂直に掘削して林道の道床とする施工が所々に散見される。
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写真がヘタレで判り辛いが、見事な渓流美だ。
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堺沢一号橋。
ここにゲートとおぼしき鉄柱があるので、ここが本線/支線の切り目なのかも知れない。
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しかし、この境沢支線は完全な林道規格で設計された新道であるようだ。
原町森林鉄道の支線については未だ謎が多く、こちらで数人がかりの踏破調査が続行されているが、新田川の北側については特に資料が乏しい。
ただ、林道を「車道規格」と思えるのは、実際にトロッコが走るにはあまりに傾斜がきつい事だ。
原町の林道群が全線車道化されたのは昭和37年以降だが、当時のトラックなら激坂登りであり、急速に下る沢と絡んで橋で沢を渡るコーナーの連続となる経線はツラいだろう。 (まあ下るだけなら問題ないかもしれないが、ブレーキが保たないか?。)
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鬱蒼とした森の奥に在るイメージの堺沢一号橋。
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「落合橋」それはこの林道のキーポイント。
助常を走る上で必ず遭遇する休憩ポイントである。多くの方がその風景に親しむ。(Phot:0307)
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経線と共に萌えるのは、その荒れた路面と沢沿いの渓流美である。最も荒れの激しいのは第四堺沢橋手前の掘り割りで、一時は藪化した程法面の落石が激しい岩盤ウォッシュボードの路面である。
これ以降は助常本線の路面を徐々に取り戻してゆく。新田川が見え隠れする頃には坂もかなり緩やかとなり、やがて合流点である落合橋に到着する。
晩秋、初春には腐葉土確保の為、ジモティの軽トラックが複数出没し、ブラインドコーナーもお構いなく駐車しているので要注意である。
路線名については林道に表示がなく、その先の本線上には東堺川の終点まで「助常林道」と表示されている。
しかし、冬住林道にある新しい標示板には新田川沿いの旧鉄道路線を「平ノ沼線」と支線扱いしている。
これまでの経緯から鑑みて、落合橋を分岐として掲載し直すものである。
調査日(08/11)の状況:
森林鉄道という観点から林道を見ると、新田川沿いの軌道跡は傾斜が均一に緩やかに取られている事が伺える。一方前後の起点(助常〜新田川)・終点(落合橋〜東堺沢)の山越えはいかにも自動車道路らしい経線を見せる。
沢沿いの荒れ具合、漏水個所の有無は変化が激しいので他の部分より注意が必要カモ。
●助常林道/本線
区間総延長; 不明
(舗装部分を含む)
未舗装区間:約9.8Km
(進入可能区間)
解説 明治41年(1908)原町森林鉄道馬場線が敷設された。
その後昭和4年(1929)に新田線が敷設された。新田川水系の伐採林の輸送と増大する電力需要に対応する電源開発の為の資材搬入の為に、破格の高規格鉄道として造られたのである。

森林鉄道廃止後、直ぐに作り直されたであろう取木橋。
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橋から先は林鉄廃業後に延伸されていると
思われる。(Phot:0604)

本来?の助常林道は比曽川を渡って
新田川沿いに北上してゆく。(Phot:0306)

流石鉄道軌道跡、殆ど傾斜を感じない上り坂だ。
(バイクは進行方向逆向きで撮影。Phot:0306)

そして第二取木橋。
ストレートなネーミングだなぁ。(Phot:0604)
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新田川南側の路面状況は良好だ。写真の「取木橋」は第一・第二がある。
共に昭和35年竣工。古い!(Phot:0604)
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これが現在の助常林道の前身とされている。
しかし実際の問題として、新田川の石神発電所近辺は渓谷が峻険で道路開発が困難な事から、尾根裏の県道62号線の助常から峰越えの車道を新規に造っている。
したがって、助常林道の起点は林鉄と違い県道沿いになっているのだ。
原町市史によれば、昭和37年に林道が開通しているが、原町森林鉄道の廃止は昭和35年であり、本線新田川沿いの林鉄供用区間にある第一、第二「取木橋」は共に35年11/12月竣工である。
また、落合橋(どうやら2代目?)からは3方向に分岐する様で、先に紹介した堺沢支線が最も若い支線(第一堺沢橋は昭和46年?)と思われる。
馬場林道同様に森林鉄道の香りを保つ主軸林道である。
TouringMapple2005.3版に林道表記(一部路線のみ点線表記)。
TouringMapple2008.3版に・・以下同文。
では、実際に走ってみよう。
落合橋を本線終点と仮定して、ここから起点に戻るルートである。
落合橋は助常本線の中で最も新しい橋であるが、銘板に竣功年はない。
ただ、近年に橋の欄干部分が補修を受けている様である。
丁度S字に蛇行する新田川にそって林道は緩やかに下ってゆく。車道として改修を受けた林道には林鉄の香りは殆どなく、基礎付きの電柱や標識に使われている古レール程度である。
強いて言えば、この緩やかな下り坂の経線だろうか?。
バイクで走ると長い直線と見通しの利く緩やかなコーナー、グリップ良い路面で思わず速度が上がるが、四季を通して人が入り込んでいる事を肝に銘じて、あくまで紳士的に風景を堪能して走って欲しい林道である。
やがて、古そうな橋を3つ越える。第2/第1取木橋だ。取り立てて興味を引く橋では無かったが、銘板がいい歴史的検証となる。
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第一取木橋も渡る。
T字路に見えるが本道は左だ。(Phot:0604)

いかにも昭和デコなコンクリート支柱。
(Phot:0604)

古い林道のため、待避所が等間隔にあるわけ
ではない。
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第一・第二取木橋の間にある待避所近くに建つ保安林地域表示板。
おそらく昭和35年以降の建植。助常林道は新田川を渡って北上の表記がされる。
中央下の県道62号が旧名の「県道山木屋原町線」とある。
(Phot:0604)
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因みに3つめの橋には欄干に銘板も確認できなかった。川沿いの終わりより手前の待避所には古い保安林警告版が建てられていた。そこに当時の路線名称が書かれている。
この待避所を越え南東に新田川と下ると、間もなく川沿いに真っ直ぐ進む軌道跡と、助常の部落を目指して登り始める現車道のY字路に遭遇します。
無論、自分の足以外の方は現助常林道をお通り頂いた方が無難です。
ここからが昭和35年から37年に造られた車道部分である。最初は緩やかに見える車道も、突然の右コーナーから人が変わった様に右に左に向きを変え、狂ったように登って行く。
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旧原町森林鉄道新田川線の直線。
助常林道(新造線)は右の登り直線。
(Phot:0606)
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撮影の折りに「なんじゃこりゃ?」
お、3000の距離票ですか?(笑w
第一発見者はこちら(爆
林道が下りに転じるとつづらのヘアピンをターンし、間もなく新設のゲートに辿り着く。
ゲートはどうも08年に設置されたらしい標準的なものだが、ゲートそのものはジモティの為に空けて在り、その地元の方がチェーンと南京錠で施錠している。
ゲートから見えるY字路で県道62号に合流?する。古い標識群がここにある。
合流点に鳥居がある事からも、水神様を祀ったものだろうがユニックトラックが通りやすい様に鳥居の下側が分断されていた。おかげで2001年頃に片方が倒れてしまっている。
尚、廃道日記にある中州のお堂と関連があるかは不明である。
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鞍部を越える。路側帯があるが展望は余りない。

下りはヘアピン2部構成だ。
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新たにゲートが新設されている。不法ゴミ投棄対策と思われるが・・・?。
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助常林道の林道標示板。このタイプの現存は少ない
お隣の馬場林道やいわき勿来の目兼林道など、かつて林鉄があった路線に見られる。
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入口向かって左側の沢に落ちている鳥居。シロアリによる被害で倒壊した。 (Phot:0604)
調査日(03/5/18)の状況:
路面状況は「普通」で通行可能でした。相変わらず助常林道支線が少々荒れ気味な程度。近くに手頃なスタンドはないので給油は確実に。
調査日(06/3/5)の状況:
気にも留めなかった森林鉄道という観点から林道を見ると、新田川沿いの軌道跡は傾斜が均一に緩やかに取られている事が伺える。一方前後の起点・終点の山越えはいかにも自動車道路らしい経線を見せる。
切り口を変えて事象を見ることがいかに大切か?改めて考えさせられる林道である。
調査日(08/11)の状況:
路面状況は「普通」で通行しました。(核爆
新設されたゲートについては言わずものかな。ジモティのスクーターやカブはバンバン入ってまスた。
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珍しい通行料徴収を告げる看板。
会津雄国沼の堀田山林道以来だな。

助常林道起点。
手前の舗装路が県道62号である。ゲートが
無い時代はここでバリケード封鎖していた。
(Phot:0604)
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長い歴史と共にこの地区の代表的林道である助常林道。せひ橋って欲しい林道である。
(Phot:0306)
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